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【Story of members No.24 川合 明日佳】

みなさんこんばんは!
Fleek運営です🎾

毎週水曜日20時更新の Story of members の更新のお時間です!

本日のインタビュイーは川合 明日佳さんです!!

アメリカ帰りの彼女の過去を解き明かします!(笑)
それではお楽しみください!!

プロフィール

名前 川合明日佳 / かわい あすか
生年月日 1998/6/30 現在24歳
血液型 O型
好きな食べ物 焼きプリン
嫌いな食べ物 ごぼう、里芋、蓮根などの土系
愛用しているテニスブランド ウィルソン / ナイキ
プレースタイル オールラウンダー
最近あった嬉しい出来事 ガーナにいるエリカちゃんから傘が届いたこと!

それでは本日の主役は明日佳さんです!
好きなだけ語ってください😊

わかりました!よろしくお願いします!

〜過去〜
それではいつも通り初手の質問はこちらにさせていただきます。テニスはいつから始めましたか?

そうですね、テニスは5歳の頃から始めました。きっかけとしては母が元々大学からサークルでテニスを始めていました。大学が一緒だったお父さんは未経験だったんですけど、お母さんが練習相手としてお父さんと練習しているコートの横にいるような形でしたね!多分お母さんがテニスをさせたいってか何かに熱中させたいって思ってたんだと思います!

なるほど。ご両親がやられてたんですね。そこからテニスをスタートされたんですね!

厳密に言うと少し違って、私は最後6ヶ月から5歳まではイギリスのロンドンにいたんですよ!だから多分、最初のテニスクラブはローカルなところで始めたと思います😊そこでも親がテニスしてる隣に座ってる感じでしたね!

その時から海外にいたんですね。ご両親が海外で働いていたのでしょうか?

お父さんが転勤族でした!元々海外で仕事がしたいって人だったそうで、独学で英語を勉強して海外出向があるところに就職したみたいです。日本に帰ってきたのは幼稚園の年少さんから?6歳になる手前でしたかね(?)

そうだったんですか!その時の言語は英語と日本語のどちらをはじめに覚えるのでしょう?

家では日本語、幼稚園は英語という感じだったので、どっちも同じタイミングで同じように話してたと思います(笑)物心ついた頃から家では日本語、幼稚園では英語を話してたと思います!

そうなんですね!凄すぎる気がします(笑)
日本に帰ってきてからはずっと愛知県に住んでましたか?

そうですね!守山にずっと住んでます!そこからのテニスクラブは守山グリーンとチェリーテニスクラブに行って、チェリーの方がレベル的にも合ってたのと周りと馴染めたのでそちらを選びました。初めて試合にで始めたのは小学3年生くらいですかね?10歳以下の大会に出てたかも??勝てるようになったのは小6の頃です。全日本ジュニアでダブルス3位になりました!🥉確か12歳以下だったと思います!!でもダブルスだけは勝てるようになってましたけどシングルでは全然勝てなくて。東海大会の予選でブロック決勝で負けるくらいでした😭ダブルスだけはその後も14歳以下、16歳以下で全日本ジュニアに出れましたね。

全日本ジュニア3位はかっこいいですね!
ダブルスとシングルスは当時何か違ったのでしょうかね?最終的にシングルスはどのくらいまで勝てるようになりましたか?

シングルスは中学生の頃は東海大会出るくらいまでは勝てるようになりました!それまではなかなか勝てなかったけど、最後アメリカに行く前に全中にダブルスとシングルは出れて、全国でシングルスはベスト16まで入れました!それが日本最後の試合でしたね!調子上がってきた頃にアメリカに行くことになったんですよ(笑)

あ、そうだったんですか!結果的にアメリカに行かれてると思いますが行かないという選択肢はなかったのでしょうか?

正直めちゃくちゃ迷いました。アメリカに行くかもしれないと言われたのが中学2年生くらいでした。アメリカに行くタイミングは中学3年生の夏休みと言われたんですよ。その時、高校受験するかアメリカに行くかという選択は迷いました。妹はアメリカに行きたいってなってたみたいですが。
でも元々イギリスにいたし、日本に帰ってきてもずっと英語には触れてたので、英語に対する抵抗などは一切なかったんですよね。それよりもアメリカに行けるってこと自体が貴重な経験だなって。そんな周りの人たちが経験ができないことを自分ができる環境があるって幸せなことだなっていう気持ちが芽生えたんです。高校どこ行こうかも迷ってたし、それならアメリカ行こう!と思ってアメリカに行くことに決めました🤙正直小学校と中学校から仲良い友達と離れること自体めちゃくちゃ寂しかったですけど、両親の家族が日本に住んでるので夏休みとか時間があれば帰って来れるって言われてたので、一生あえなくならないなら大丈夫って思いましたね!😊

そうだったんですね!ではそんなアメリカ行きを決めた明日佳さんにアメリカ編1発目の質問を投げますね。
総じてアメリカ生活はどうでしたか?

もうめちゃくちゃ楽しかったです!もう一回行きたいしアメリカに住みたいです😏(笑)
正直アメリカに行ってからは大変でしたよ。友達もいないし環境もガラッと変わるし。でも元々英語が話せたっていうのもあってコミュニケーションもある程度は取れたし、テニスで結果を出すことでテニスの仲間もできました!アメリカには家族ぐるみの友達もできました😊本当に総じて楽しかったって思い出しかないです✨

そうでしたか!アメリカに行くと決めた14歳の明日佳さんの選択は間違ってなかったし、そう思えるならベストな選択だったのかもしれませんね!

本当にベストな選択だったと思います😊アメリカは9月から新学期が始まります。丁度そのタイミングで行ったので中学2年生から編入しました。一応日本の中学校も卒業証書もらってるので中学校は2つ卒業したことになってますね!あんまり皆さん知らない事かもしれませんが、アメリカは中学が2年間で卒業で高校が4年間で卒業します。ただ、私はビザの関係で4年間のところを3年で卒業しました。
その時も悩んだことがあって高校卒業して日本の大学に進学するのか、アメリカに残ってアメリカの大学に進学するのかを悩みました。
でも当時はテニスをもっと頑張りたい。テニスの力を試したい。アメリカで頑張ってみたい。って思って、高校を3年で卒業してアメリカの大学に進学しました。私が大学1年生の時に母と妹は日本に帰ってきて生活し、大学2年生の時にお父さんが日本へ帰りました。なので大学3年生と4年生は一人で向こうで生活してました。一人暮らしではなくて向こうではシェアハウスが主流で、アパート(?)の中で4人で生活をしてました。一人の部屋はあるんだけどキッチンなどを共用で使うというスタイルですね!

日本の大学に進学するということも考えていたんですね。アメリカに残ってテニスをもっと頑張りたいって思う明日佳さんの行動力には感服です。向こうでのテニスはどうでしたか?

アメリカ時代のテニスの結果は、一番良かったのがアメリカの大学の全国大会(日本でいうインカレ)でシングルベスト8でした!本当にあの時は覚醒してて、誰とやっても負けない感覚でしたね(笑)自分でもびっくりするくらい強くなってたと思いました!中学時代は国籍の関係で出られる試合が限られてるんですよ。アメリカのジュニアの全国大会には出られなかったので、当時は一番下部の大会に出て優勝しまくって自分が出れる大会で優勝してた感じです。

やっぱり国籍の制限などもあるのですね。中国でも同じように国籍の制限があると聞いたことがあります。でも最後に全米ベスト8はめちゃくちゃかっこいいですね!

ありがとうございます(笑)ここから高校の部活の話になるんですけど、アメリカの高校の部活に入部してからは州の大会にやっと出れるようになってそれが一番レベルが高い大会でした。当時はイリノイ州が強い時代とよく周りからは言われてました。その州の大会で1年生の時はベスト8、2年生、3年生は4位でした。でも優勝候補って言われてたですけど勝てず終わったんですよね。でも、アメリカのジュニアの大会で優勝している+州の大会で結果を残してることを大学のスカウトをしている方々が見てくれて大学に声をかけてもらった感じです。アメリカにはランキングシステム(勝敗の確率?)っていうのがあってそれをアメリカの大学のコーチ軍は見て、誰をリクルートするかを決めてます。なので、私は結構いろんなところから声をかけてもらってたくさんの大学に足をあこびましたね。しかも待遇がめちゃくちゃいんですよ!ご飯代はもちろん、その大学の授業を見せてくれたりしました。テニスをする為に大学に入るというイメージなので、選手に好かれるために色々してくれるのがアメリカのいいところです!そこで私はイリノイ大学を選びました。理由としては、大学で何かあった時でも昔から住んでたイリノイ州なら知り合いがたくさんいたので、助けてくれるかなっていうことと学力面とテニス面のバランスがいい感じだったんです。
さらに凄いなと思ったことがあって、テニスずっとしていると大学がたくさん選べるんです。しかも待遇もめちゃくちゃ良くて。大学の学費はもちろん出してないですし家賃も出してないです。大学が全て出してくれましたね。1年目は寮だったんですけど、2年からはシェアハウスをしてました。でも寮費分が口座に毎月払ってくるというものだったのでなぜか大学にいてお金が貯まっていくシステムだったんですよ(笑)大学生活を普通に過ごしててお金が貯まって結局120万円くらい貯まりました(笑)

え、めちゃVIP待遇ですね(笑)

そうなんですよ(笑)大学のテニス部員は9人しかいなかったんですが、みんな声がかかって入ってきた子たちなので、実力もある程度高い子が集まります。スカウトマンから声がかかってない子たちは部活には入れずにサークルに入る形になります。アメリカは大学はコーチから声がかからないと部活に入れないシステムなんです。でもその分テニスにのめり込んで頑張れば大学に無料で行けますし本当に高待遇で行くことができるんです。その時に本当にテニスを辞めたいなって思った時にやめなくて良かったって思って思いましたね。

そうでしたね。アメリカはそのような仕組みと聞いたことがあります。ちなみにテニスを辞めようと思われた時期もあったのでしょうか?

そりゃありますよ〜。中学時代とかシングルが勝てなかった時期ですね。チェリーの時は昇平とかひろみとかありかちゃんとかが全国に行ってて自分だけ行けなかった時は本当に辞めたいって思いましたね。でも親にそんなんでやめるの?とか、チェリーに払ったお金返して。とか言われて辞めないって思いました。親がきびしかったから続けれたのもあるので本当に感謝してますね。

親は偉大ですね。今でもチェリーに顔出したりはしてますか?

チェリーは時々顔出しに行ってます!その時はコーチ手伝ってジュニアのヒッティングとかをしてます!

そうなんですね。いい関係ですね!僕もチェリーに顔出したいなって思うけどなかなかいけなくて。あの頃が懐かしいですね😂

そうですよね(笑)懐かしいです😂

大学テニスについて深掘りしていきたいのですが、全米ベスト8って素晴らしいですね!
めちゃくちゃ嬉しかったんじゃないですか?

大学2年生の時にインカレでベスト8に入りました。アメリカ全土の学生の中でその時は20位になって自分の中ではそれがこれまでにないくらい嬉しくて!自分の大学からその結果残せた人はいなかったんですよ。そして秀でた結果を残せた人は大学に旗が飾られるんです🚩場所がインドアのテニスコートの中に飾られるんです!男子のプロ選手のケビンアンダーソンが大学のOBなので、ケビンアンダーソンも飾られてます!男性はたくさん飾られるんですが女性は4人しかいないんですね。その中に仲間入りできて本当に誇らしい気持ちはあります。目に見える結果を残せたっていうのはいつ考えても誇りに思ってます。でも、その後はテニスを頑張りすぎて燃え尽きてテニスできなくなっちゃんですよ。試合にも全然勝てなくなって。学生で20位まで登り詰めた時、正直テニスで行けるかもしれないって思ったけどそこから思いっきり落ちてしまったんです。多分、自分の中で今強くならないといけないって思って無理に頑張りすぎてしまったんでしょうね。何もかもがきついくらいになっちゃって。大学の試合で勝敗に対してこんだけ気持ちの浮き沈みが出てしまってプロになった時のことを考えると自分には無理だと思ってしまいました。だからその時に就職活動を考え始めましたね。同い年くらいでプロになりたいって思ってる人やプロで頑張ってる人たちを見てると正直尊敬の気持ちと羨ましいっていう気持ちが出てきますね。自分にはできないことだなって思います。

そのような気持ちになれるのは明日佳さんも本気で頑張ってきたからですね。
本当に本気で打ち込んで来られたんですね。

〜現在〜
今は日本で就職して日本の会社に就職してるそうですね!10月に入社してようやく半年程度が経ちました。仕事はどうですか??

んー、そうですね。仕事は難しいなって感じることもありますけど、先輩とかの人間関係はすごく良くていつでも誰にでも相談できる環境です!難しいけど頑張ろう!って思えるので、今は仕事に打ち込みたいって感じてます。

うんうん。素晴らしいことですね。
学生時代と何か変わったこととかありますか?

学生時代は部員が9人しかいなかったんです。9人の中で自分は絶対に試合に出るポジションで言い方が難しいのですが、自分がいなければなり立たない環境だったんですね。でも社会に出て自分じゃなくてもできるなって思うこともあって。その環境にもどかしさも感じることもありますね。それに揉まれながら今は頑張ってるって感じです。前は貢献しているのかなって思ったけど、今は徐々に実務もやらせてもらえる環境で頑張ろうって思ってます😊

ものすごくわかります。明日佳さんしか出来ないこともこれから多く増えていきます。応援してます🤟

〜未来〜
ではこれが今回のインタビュー最後の質問です!
今後テニスとはどう関わっていきたいですか?

テニスとは今後も一生付き合っていくと思ってます。ようやくテニスの楽しさを社会人になって理解できたって思います。
これまでは闘争心を全面に出してチームの為に。大学の為に。って思ってテニスをしてました。でも、今は純粋にみんなとやるテニスが楽しいです。
本当にすごいと思うのが、Fleekって小学校や中学校の時に試合などで当たってた方が多いんです。そういう方とまたこうしてテニスができる環境があるなんて考えてもなかったです。テニスをずっと続けてたからこういう再会の仕方ができたのかなって思ってます。
そういう環境を作ってくれたFleekに感謝です!

インタビューは以上です!

最後の方は私が明日佳さんを気持ち良くさせてあげようと思ってましたが、いつの間にか気持ちよくさせられてましたね(笑)

ものすごく真面目でテニスに対してひたむきな思いで取り組まれてた明日佳さん。
インタビュー中もわくわくしながらお話をしてくださり改めていい子だと再確認できました。

まだまだ社会人2年目の代でこれから色んな世界を見ていくと思います。
そんなキララさんの未来が明るいものになりますように!

もしも彼女を見かけたら今回のインタビュー見たよ!と伝えてあげてください!

それでは来週はどなたでしょうか?
楽しみにして待っていてください😏

っした!

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